2022年1月20日に公表されたOECD移転価格ガイドラインの第10章として、正式に
金融取引(グループ内融資、債務保証等)の移転価格に関する指針が設けられたことを受けて、日本を含む世界各国の税務当局が、金融取引について当該指針の内容に沿った国内法の改正を進めています。日本では、既に移転価格事務運営要領の改正案が公表され、
遅くとも2022年内にはOECD移転価格ガイドラインの内容に沿って改正された新たな
移転価格事務運営要領が公表される予定です。
日本企業の多くが実施しているグループ内融資に関しては、資金の借手の信用力を適切に評価すること、信用力の評価に基づいてマーケットデータ等を適切に使用して金利を算定すべきことが求められることになり、債務保証に関しても、多くのケースで保証者である親会社と被保証者である子会社の信用力の差に応じた保証料をマーケットデータ等を使用して適切に算定することが求められることになります。OECD移転価格ガイドライン及び当該ガイドラインの内容を受けた移転価格事務運営要領の改正案に沿う形で既に金融取引の価格設定を行っている事業会社は外資系企業の一部を除いて殆ど存在しないため、今回の移転価格事務運営要領の改正は事業会社の皆様の多くに大きな影響を及ぼすことになります。
以下では、OECD移転価格ガイドライン及び当該ガイドラインの内容を受けた移転価格事務運営要領の改正案に沿って移転価格対応を進めるにあたっての実務的な留意点について解説すると同時に、弊所として提供可能なサービスについてご案内させていただきます。
グループ内融資に関しては、まず資金の借手の信用力を評価することが求められ、債務保証に関しても、被保証者の信用力を評価することが求められます。信用力を評価するとは、具体的にどのような作業が必要となるのでしょうか。事業会社の皆様が自ら評価できるものなのでしょうか。あるいは、事業会社の皆様の中には、第三者信用格付機関
(S&P、Moody’s、日本格付研究所、格付投資情報センター、等)からグループ格付を取得されているところも多いと思いますが、子会社の信用力をそのような第三者信用格付機関に依頼して評価してもらう必要があるのでしょうか。
結論から申し上げますと、事業会社の皆様が自ら子会社の信用力を評価するというのは、税務調査において評価の信頼性が議論となることも多いため推奨できず、評価項目が多岐に亘り複雑であるため実務的にも困難と考えられます。また、OECD移転価格ガイドラインの内容に沿った移転価格対応を行うためだけに、高額な費用を払って第三者信用格付機関に評価を依頼するという対応を行っている事業会社も殆ど存在しません。では、どのように信用力を評価するのかと言いますと、事業会社の皆様の置かれている状況によって対応方法は異なり、整理すると以下の通りになります。
状況 | 信用力の評価方法 |
➀ 第三者信用格付機関から親会社が 信用格付を取得している場合 | ✓外部専門家に依頼し、S&Pが公表して いる「グループ格付け手法」に則って 親会社格付をベースに子会社の信用力 を評価 |
➁ 第三者信用格付機関から親会社が 信用格付を取得していない場合 | ✓信用格付評価データベースを提供して いる第三者信用格付機関と契約を締結 している外部専門家に依頼し、まずは 親会社格付を算出し、次にS&Pが公表 している「グループ格付け手法」に則 って親会社格付をベースに子会社の 信用力を評価 ✓信用格付評価データベースを提供して いる第三者信用格付機関と契約を締結 している外部専門家に依頼し、子会社の 信用格付けを直接評価 |
上記の信用力の評価方法は、いずれも第三者信用格付機関に信用力評価を直接依頼する場合と比較して大幅に費用を抑えることができるため、日本よりはるかに金融取引の移転価格実務が進んでいる欧米では、上記の区分に従って信用力を評価することが一般的であり、税務当局も上記の対応を行っていることを前提に調査に臨んでいるケースが多くなっています。今後は日本においても、上記の区分に従って信用力を評価することが主流になると考えられますので、移転価格対応を進めるにあたってはご留意いただく必要があります。
子会社の信用格付が決まると、次に当該信用格付をベースにマーケットデータ等を使用して金利・保証料を算定(ベンチマーク分析といいます)する必要があります。マーケットデータに関しては、LoanConnector (Refinitive)、EIKON (Refinitive)、Bloomberg database (Bloomberg)等のデータベースを使用するのが一般的になっています。
そのようなデータベースを提供している会社と直接契約を締結して、事業会社の皆様自ら金利のベンチマーク分析を実施することも可能ではあります。ただ、データベースの使用料が高額であり、また、ベンチマーク分析を実施するにあたってはテクニカルな作業が必要となるため、金融工学、統計学等の知見を有し金融移転価格分析の実務経験を積んだ担当者を内部に抱える必要があります。そのため、グループ内で多くの金融取引を行っており、移転価格対応にリソースを割ける一部の大手事業会社のみが直接データベース会社と契約しているのが現状であり、殆どの事業会社は外部専門家にベンチマーク分析を依頼することで費用を抑えています。
ベンチマーク分析の結果については、移転価格税制の観点から厳密な比較可能性が求められますので、検証対象となるグループ内の金融取引と類似性の高い比較対象金融取引をデータベースから抽出してくることが何よりも重要となります。欧米の税務調査においては、比較可能性が十分ではないとして納税者が準備したベンチマーク分析結果が否認された事例も多く出ており、今後は日本においても同様の事例が出るようになることが想定されますので、ご留意いただく必要があります。
金融取引に関しては、事業会社の皆様にとって本業ではないことから、本業の移転価格対応と比較すると後手に回っている印象があります。
また、金融取引の移転価格分析には金融工学、統計学等の知見が必要となりますので、日本国内に当該分析サービスを提供できる会計事務所が殆ど存在しないことも、事業会社の皆様の対応が進まない原因の一つになっていると考えられます。
一方で、移転価格事務運営要領がOECD移転価格ガイドラインの内容に沿って改正されることになったことで、日本の税務当局が税務調査において本腰を入れて金融取引を見てくることは、もはや避けようがありません。
さらに、日本の事業会社の皆様の現状のグループ内融資の金利、債務保証の保証料は、資金の借手あるいは債務保証の被保証者である子会社の信用力を適切に評価し当該評価に基づいてベンチマーク分析で算定した金利・保証料と比較して、多くのケースで低くなっていますので、一定の税収を確保したい日本の調査官としては、税務調査において指摘をしない理由は無いのではないかと思われます。
事業会社の皆様に求められる対応としては、今後新たに実施するグループ内融資、債務保証については、資金の借手あるいは債務保証の被保証者である子会社の信用力を適切に評価し、当該評価に基づいて金利・保証料をベンチマーク分析で算定した上で、グループ内金融取引に適用することが必須と考えられます。
また、既に実施している金融取引についても、今後新たに実施する金融取引と平仄を取る形で価格設定を見直すことが推奨されますが、過去に締結した契約を一律に見直すことは困難という場合には、現実的な対応として、関連者間契約の期限が到来したものから順次見直しを行っていくという対応が最低限求められると考えられます。ただし、その場合においても、子会社の信用力を適切に評価し、当該評価に基づいてベンチマーク分析で算定した金利・保証料水準と著しく乖離していないか、乖離が著しい場合には、関連者間契約の期限が到来していなくとも見直しを検討する等の柔軟な対応が必要になると考えられます。
弊所は、金融特化型の会計事務所であり、他の総合型会計事務所と比較しまして、金融工学、統計学等の知見を有する専門家を多く擁しております。金融取引の移転価格対応につきましても、業界内でも稀有な専門チームを編成してサービスを提供しており、全メンバーが金融移転価格分析の専門家として10年以上の経験を積んでいます。
サービスの内容としましては、信用格付判定サービスや金利・保証料算定サービスを柱に事業会社の皆様の状況に応じたオーダーメイド型のサービスを提供させていただいており、サポート実績は業界内でトップクラスに位置します。まずは、事業会社の皆様のグループ内金融取引の現状をお伺いした上で、今後必要となる個別の対応についてディスカッションさせていただければと思いますので、ご不明な点、ご質問等がございましたら、いつでも下記連絡先までご連絡ください。
本稿のお問合せ先
電話:03-5223-9599
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PDF:移転価格税制の観点からの信用格付判定サービス金利・保証料算定サービスのご案内
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