EUの炭素国境調整措置(CBAM)への日本企業の対応について<br>(CBAMに係るWTOでの動きとCBAM簡素化案に係る動き)
来年(2026年)1月より、EUの炭素国境調整措置(CBAM)の本格実施が開始されます。EU域外から肥料、セメント、鉄・鉄鋼、アルミなどのCBAM対象産品を輸入する輸入者は、CBAM申告者としての認定を受けた上で、輸入産品の二酸化炭素(CO2)の埋込排出量に応じたCBAM証書を購入し、翌年に前年1年分の輸入製品の埋込排出量の総量を申告(CBAM申告)すると共に購入したCBAM証書の精算をすることになります。
本稿では、EUのCBAM関係措置が世界貿易機関(WTO)協定に整合していないのではないかとして協議要請が行われたことと、2025年2月に欧州委員会が公表したCBAMの簡素化案に対する欧州議会とEU理事会の対応状況について説明します。
WTO加盟国は、他の加盟国の措置により、WTO協定に基づいて自国に認められた利益が無効・侵害された場合、その問題について満足しうる調整を行うために、相手国に対して協議要請ができることとされています。
2025年5月12日、ロシアは、EUのCBAM関係措置について、世界貿易機関(WTO)の手続きに則って、EU及びその加盟国に対して協議を要請しました。ロシアは、CBAM関係措置が以下と整合していないのではと主張しています。
・GATTの最恵国待遇(第1条)、内国民待遇(第3条)といった無差別原則や、関税譲許(第2条)、等
・輸入ライセンス協定、補助金協定、等
これに対して、EUは2025年5月22日、ウクライナ侵攻という国際法を侵しているロシアからの協議要請には応じられないとしています。
WTOのルールでは、協議要請から60日以内に解決ができない場合、申立国は小委員会(パネル)の設置を要請することができるとされています。今後のロシアの対応を注視していく必要があります。
また、これまで、WTOの場では、中国等のほかの国もCBAMに対する懸念を表明していましたので、ロシア以外の国の対応も見ていく必要があります。
2026年1月以降に、肥料、セメント、鉄・鉄鋼、アルミなどのCBAM対象産品をEU域内に輸入しようとする輸入者[輸入CBAM産品の埋込排出量の年間合計が50トンを超えない輸入者を除く]は、事前にEU当局に申請して「認定CBAM申告者」となる必要があります。埋込排出量の算出に当たっては、実際の排出量(実際の排出量を適切に決定できない場合はデフォルト値)に基づくこととされています。
認定CBAM申告者は、暦年の四半期ごとに、輸入したCBAM対象産品のデフォルト値を基に算出した埋込排出量[又は前年のCBAM証書の数]の少なくとも80%[50%]に対応するCBAM証書を購入します。暦年終了時には、1年間に輸入したCBAM対象産品のCO2埋込排出量の総量を、認定CBAM検証機関の検証を受けた上[デフォルト値を基に算出した場合を除く]、翌年5月31日[8月31日]までに申告(CBAM申告)します。また、認定CBAM申告者は、購入したCBAM証書の精算を7月1日[10月1日]までに行います。
(注)[ ]は欧州委員会の簡素化案を示します。
2025年5月22日、欧州議会は、欧州委員会の簡素化案への修正案を採択しました。
修正案の内容としては、ノルウェー、アイスランド等の欧州経済領域(EEA)からの電力の輸入をCBAMの対象から除外すること、排出量算出の際の前駆体(precursor)については第三国で製造されたものを考慮すること、が挙げられます。
なお、少量輸入者の除外規定については簡素化に資するとしています。
2025年5月27日、EU理事会は、欧州委員会の簡素化案への修正策を採択しました。
修正案の内容としては、CBAM申告期限を欧州委員会案より更に余裕を持たせる案とされているほか、間接税関代理人に係る規定をCBAM規則全体に整備すること、等が挙げられます。
なお、少量輸入者の除外規定については、電力と水素は適用しないとしています。
(参考)CBAM規則の簡素化の内容
現行規則 | 欧州委員会案 | 欧州議会案 | EU理事会案 | |
少量輸入者の免除 | (無し) | ・年間合計50トンを超えない輸入者は免除 | ・年間合計50トンを超えない輸入者は免除 | ・年間合計50トンを超えない輸入者は免除 ・ただし、電力と水素は除外 |
四半期毎のCBAM 証書購入 | ・デフォルト値の80% | ・デフォルト値又は前年実績の50% | ・デフォルト値又は前年実績の50% | ・デフォルト値又は前年実績の50% |
CBAM 申告期限 | ・翌年5月31日 | ・翌年8月31日 | ・翌年8月31日 | ・翌年9月30日 |
CBAM 証書精算期限 | ・翌年7月1日 | ・翌年10月1日 | ・翌年10月1日 | ・翌年11月1日 |
欧州議会、EU理事会、欧州委員会の3者で修正内容についての協議が行われ、合意内容について欧州議会、EU理事会が採択することとなります。従いまして、最終的な改正の成案を得るまでには今暫くの時間が必要となります。
上述はCBAMをとりまく現状の概略をまとめたものとなっています。あくまでも途中経過の概要説明です。従って、実際にCBAM対応を行う際には、最終的に改正された
CBAM規則や欧州委員会の公表資料を確認する必要があります。
(参考文献)
ロシアによるEU CBAMに係るWTO協議要請文書:https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=Q:/G/L/1573.pdf&Open=True
ロシアからの協議要請への欧州委員会の回答:https://docs.wto.org/dol2fe/Pages/SS/directdoc.aspx?filename=Q:/WT/DS/639-2.pdf&Open=True
CBAM規則:https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/PDF/?uri=CELEX:32023R0956
欧州委員会によるCBAM規則見直し案:https://commission.europa.eu/document/download/606b4811-9842-40be-993e-179fc8ea657c_en?filename=COM_2025_87_1_EN_ACT_part1_v5.pdf 及びhttps://commission.europa.eu/document/download/dc72f9cb-2b58-465a-8a33-8c5d6b6efe8b_en?filename=COM_2025_87_annexes_EN.pdf
欧州議会による採択文書: https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-10-2025-0108_EN.pdf
EU理事会による採択文書:https://data.consilium.europa.eu/doc/document/ST-9113-2025-INIT/en/pdf
本稿の内容は執筆者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。
個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
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