多国籍企業が課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行っている問題(Base Erosion and Profits Shifting)に対応するために、OECDが2015年11月に15項目の行動計画(以下「BEPS行動計画」といいます。)(出典:国税庁ホームページ「BEPSプロジェクト」)を公表して以来、OECD加盟国をはじめとする各国は、国内法の改正、二国間租税条約の改正および多国間条約の締結を通じてBEPS行動計画を実行してきました。
そして、企業においても過度に積極的なタックスプランニングは行わずに、税法についての法令遵守、適正申告および課税当局との良好な関係の構築を標榜するようになってきました。
このような潮流の中で、国税庁は、大企業を対象として2016年6月に「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組の事務実施要領」を制定し、数次の改定をへて今日にいたっています。同事務実施要領において税務に関するコーポレートガバナンスを「税務について経営責任者が自ら適正申告の確保に積極的に関与し、必要な内部統制を整備すること」であると定義し、企業の経営責任者が適正申告のために適切な人員配置、手続きを実施することが含まれるとしています。
また、税務に関するコーポレートガバナンスが充実することの効果として、事業部や支店、工場などの組織の第一線で不適切な経理処理が生じるリスクが軽減されること、調査必要度が相対的に低くなることから、税務調査に対応する負担が減少することが挙げられています。(出典:国税庁「税務に関するコーポレートガバナンスの充実に向けた取組について」)
一方、企業においてもサステナビリティ方針の一環として、税務に対する取り組みの方針(税務ポリシー)を文書化した税務ポリシーをホームページで公表する企業が増えてきました。公表されている税務ポリシーに記載されている項目は、ほぼ共通しており、①法令遵守、➁ガバナンスの構築、③税務コストの適正化と株主価値の向上、④税務当局との良好な関係の構築が含まれます。
例えば、トヨタ自動車株式会社の税務ポリシーにおいては、以下の事項が示されています。
「①法令遵守:各国法令及び OECD 移転価格ガイドライン、BEPS 行動計画等の、国際機関が公表する基準を遵守すること、いかなる租税回避目的の行為、及び通常の事業活動を逸脱する税務戦略の構築を実施しないこと、➁ガバナンス:CFOを責任者として、税務課題に直面した際には、必要に応じて各地域の統括会社及び対象となる国内法人及び海外現地法人と連携し、課題に対処し、重要性が高い場合には、取締役会に上程するとともに、監査役に定期的な報告を行うこと、③株主価値の向上:通常の事業活動の範囲内における優遇税制の活用などの税務戦略を構築することで、税務コストを適正化し、株主価値の向上に努めること、④国内外の税務当局との良好な関係の構築:オープンで建設的かつ協力的な姿勢を徹底することで良好な関係の構築、維持を目指すこと。」(出典:トヨタ自動車株式会社ホームページ 「サステナビリティ基本方針」における「税務ポリシー」)
これらの項目の中で、実質的に重要なのは、➁と③だと思われます。➁は、税務課題に直面した場合には、グループを構成する内国法人および海外現地法人と連携して対処するということですが、そのためには内国法人および海外現地法人の税務ポジションをモニタリングできる仕組みを構築することが必要です。③は、法令の趣旨目的に反した租税回避は行わないが、適法な節税を通じて税負担を管理して、税引後利益の増加を通じて株主価値の向上を目指すもので、適法なタックスプランニングは行うということです。この点、一歩踏み込んだ記述をしている企業もあります。例えば、味の素株式会社の「グローバル・タックスに関するグループポリシー」では、「味の素グループは、事業目的に適う合理的な範囲において、税務恩典の適用等を通じ税金および税務関連費用の最小化を図ることで、EPSなど目標とすべき経営指標の向上を通じ、フリー・キャッシュ・フローの最大化、ひいては企業価値の最大化を目指します。」と記述しています。(出典:味の素株式会社ホームページ「グローバル・タックスに関するグループポリシー」)
企業にとっての税務ガバナンスは、法令遵守することに加えて追徴課税やペナルティー賦課、二重課税の回避、優遇措置の利用等の適法なタックスプランニングを行うことにより税負担を適正化するための人員配置、手続き等を含む仕組みであるということができます。
税務ガバナンスが効いて税負担をうまく管理できているかどうかの指標として実効税率(税効果会計適用後の法人税等の負担率)が有力であるという意見を企業の税務担当者から聞くことがよくあります。実効税率は、税引前利益と法人所得税費用の比率であり、日本基準で作成された財務諸表では、以下のように計算されます。
法人税、住民税及び事業税+法人税等調整額 |
税引前当期純利益(連結財務諸表の場合は税金等調整前当期純利益 |
(出典:金融庁「連結財務諸表の用語、様式及び作成方法に関する規則」65条第1項、「財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則」95条の4第1項)
IFRSに基づく開示の場合は、分母は税引前利益、分子は法人所得税となりますが、趣旨は変わりません。
また、法定実効税率と実効税率との間に重要な差異があるときは、当該差異の主な原因(項目別の内訳)を、有価証券報告書に注記し開示することが求められています。法定実効税率は、事業税の損金算入による税負担の軽減効果を織り込んで、以下の算式で計算されます。
法人税率×(1+地方法人税率+住民税率)+事業税率 +事業税率(標準税率)×特別法人事業税率 |
1+事業税率+事業税率(標準税率)×特別法人事業税率 |
(出典:企業会計審議会「税効果会計に係る会計基準」第四 注記事項2)
令和8年4月1日以後開始事業年度からは防衛特別法人税の適用が開始されますが、同事業年度以後はこれも実効税率の計算に含まれます。(出典:企業会計基準委員会「補足文書 2025 年 3 月期決算における令和 7 年度税制改正において創設される 予定の防衛特別法人税の税効果会計の取扱いについて」)
下記の法定実効税率と実効税率の差異分析は、ある会社が移転価格税制に基づいて当局から追徴課税を受けた年度と、その課税処分の取消訴訟の勝訴が確定した年度の有価証券報告書における連結財務諸表の注記を要約したものです。
20XX年3月31日 | 20YY年3月31日 | |
法定実効税率 | 30.7% | 30.6% |
損金不算入費用 | 1.4 | 1.9 |
益金不算入収益 | △0.3 | △0.1 |
評価性引当金の増減 | △7.2 | △0.8 |
海外子会社の未分配利益 | - | 1.7 |
海外子会社税率差異 | △1.4 | △2.2 |
税額控除 | △7.9 | △2.2 |
持分法による投資損益 | △0.9 | △0.6 |
移転価格課税 | 22.3 | △6.4 |
その他 | 0.1 | △0.2 |
税効果会計適用後の法人税等の負担率(実効税率) | 36.8 | 21.8 |
移転価格税制に基づく追徴課税に限らず、過年度の所得に対する課税処分は、当期の所得、その前提となる当期の会計上の利益に対して発生した税金ではないため、実効税率を引き上げます。逆に不服申立や訴訟の争訟手続きにより請求が認められ、税金が還付される場合には実効税率を引き下げます。
永久差異である損金不算入費用は、実効税率を引き上げ、益金不算入収益は実効税率を引き下げます。
評価性引当金は、将来減算一時差異と税務上の欠損金により認識される繰延税金資産の回収可能性(将来、どの程度税金を減少させる効果があるか)についての見積もりが変わったときに増減するものであり、評価性引当金の増加は実効税率を引き上げ、減少は引き下げます。
海外子会社の未分配利益は、海外子会社が将来利益配当を行った場合に課される海外子会社所在地国における源泉税と外国子会社配当益金不算入制度の下で課税対象となる配当金額の5%に対するわが国の法人税等の分実効税率を引き上げます。
海外子会社税率差異は、海外子会社が事業を行っている国とわが国の法人税率の差を反映したもので、わが国より税率が低い国で事業を行っている海外子会社については、実効税率を引き下げ、わが国より税率が高い国で事業を行っている海外子会社については、実効税率を引き上げます。
税額控除は、当期の法人税等の支出額を減少させることにより、実効税率を引き下げます。研究開発にともなって、支出する試験研究費の額にかかる税額控除などが代表的な税額控除です。
持分法にかかる投資損益は、持分法適用会社の投資会社の持分に対応する当期純利益(税引き後)が連結財務諸表の営業外損益に表示され、税金等調整前当期純利益に含まれるため実効税率に影響を与えます。(出典:企業会計基準委員会 企業会計基準第 16 号 「持分法に関する会計基準」16項)
連結財務諸表は、支配従属関係にある二以上の会社からなる企業集団を単一の組織体とみなして、親会社が当該企業集団の財政状態及び経営成績を総合的に報告するために作成されますが(出典:金融庁「連結財務諸表原則 第一 連結財務諸表の目的」)、連結財務諸表を作成する企業集団は納税主体ではなく、納税主体は企業集団に含まれる個別の会社です。
したがって、連結財務諸表の実効税率は、企業集団を構成する個々の会社の実効税率が反映された結果です。税務ガバナンスの観点からは、どの国に所在するどの会社の税務ポジション(益金の計上金額・時期、損金の計上金額・時期、税額控除の適用等税務上の取り扱いにかかる納税者の意思決定をいいます。)がその会社の実効税率にどのように反映され、結果的に連結財務諸表の実効税率にどのように影響を与えているか把握することが必要です。そのためには、企業集団を構成する個々の会社の実効税率を計算し、モニターすることが必要です。特に海外子会社については、適用される税法も日本の税法とは異なり、税務申告書の形式や税務申告書が作成される言語もそれぞれ異なり、税務申告書の提出期限も異なるため、その税務ポジションを理解し、実効税率をモニターすることは容易ではありません。しかし、トヨタ自動車株式会社の税務ポリシーで述べられているように「国内法人及び海外現地法人と連携し、課題に対処する」ためには、親会社の税務責任者や税務部門が海外子会社の会計上の利益と課税所得の調整計算、税額計算、繰延税金資産・負債の計算の概要等を海外子会社から継続的に入手し、必要に応じて質問し、是正措置を取れる仕組みを構築することが、実効税率の管理を通じた税務ガバナンスの観点から重要です。
BEPS行動計画が公表されて以来、税務当局も企業も税務ガバナンスに関する意識を高めています。企業にとって税務ガバナンスは、法令遵守と税負担の適正化という二つの側面があります。税負担の適正化は、追徴課税のリスクの軽減、二重課税の排除、優遇措置の利用等により達成されます。
税金費用の適正化の観点からは連結および個別財務諸表における実効税率および法定税率と実効税率の差異をモニターし、必要に応じて国内および海外子会社の税務事項について指導し、是正する仕組みを構築することが有効です。
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