スリランカ大統領アヌラ・クマラ・ディサナヤカ
(Anura Kumara Dissanayake)氏の就任に伴う、政治環境の変化と主要経済政策

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スリランカ大統領アヌラ・クマラ・ディサナヤカ<br>(Anura Kumara Dissanayake)氏の就任に伴う、政治環境の変化と主要経済政策

 スリランカ民主社会主義共和国(以下「スリランカ」)では2024年9月21日に大統領選挙が行われ、アヌラ・クマラ・ディサナヤカ(Anura Kumara Dissanayake)氏(以下「ディサナヤカ氏」)が新大統領として選出されました。ディサナヤカ氏は大統領選に先立ち、「A Thriving Nation A beautiful life」(繁栄する国家、美しい人生)をスローガンとするマニフェストを掲げ、スリランカが持続的な経済成長を実現するために、経済を再建する重要な政策方針を示していました。

 本コラムではスリランカの新大統領就任に伴い、今後スリランカ経済がどのように変化していくと予想されるのか、国内の情勢や政策のポイントを詳しく解説します。

スリランカ新大統領ディサナヤカ氏の就任背景

 2024年9月21日に行われたスリランカの大統領選挙において、国民の力(NPP)代表のディサナヤカ氏が大統領に選出されました。

 ディサナヤカ氏は、大統領就任後直ちに議会を解散し、2024年11月14日に総選挙が行われました。選挙では、NPPが議員定数(225議席)のうち3分の2を超える159議席を獲得しました。これまでスリランカでは、スリランカ人民党(SLPP)と統一人民戦線(SJB)が国政を担ってきましたが、経済の混乱や汚職の問題を背景に、スリランカ国民の間では「国の発展に貢献できていないのではないか」という不満が広がっていました。こうした中で、NPPは政府の不正や誤った経済政策を厳しく批判し、「真の変革」を訴えることで幅広い支持を集めました。スリランカ国民の従来の政治に対する強い不満が、ディサナヤカ氏の大統領当選及び議会選での圧倒的支持に繋がったとみられています。ディサナヤカ氏は演説の中で、「国を発展させた指導者として政治を去る。」と述べています。

 2025年5月6日に地方議会選挙(Local Authorities Election)が行われ、NPPは8,793議席中3,927議席を獲得、43.26%の得票率を記録し、全国339の地方議会(23の市議会、26の都市議会、217の地方議会)のうち266議会を掌握しました。

 一方、SJB (1,767議席、21.69%)やSLPP(742議席、9.17%)などの他の主要政党は大幅な後退を余儀なくされました。これは有権者の支持の構図が大きく変動したことを示しています。

現政府が掲げる政策の特徴

 現政府は前政府に対する国民の不満を考慮し、新たな政策において以下のような特徴や方向性を打ち出しています。

  1. 教育を受けた新しい議員 – 過去に汚職問題のないクリーンな政治家
  2. 公正な意思決定 – 不当な政治的影響を排除した。透明性のある政策運営
  3. 経済再建のための強力な政策 – 持続可能な成長と発展を目指す戦略的アプローチ
  4. 汚職の撲滅 – クリーンで信頼できる政府の確立

新大統領選出後の日本政府の反応及び外交関係

 新大統領の就任後、スリランカと日本の関係は以下のような二国間活動を通じてより強化されています。

  1. 2024年9月26日、当時の在スリランカ大使であった水越英明氏は大統領秘書官ナンディカ・サナス・クマナヤケ博士と大統領官邸で会談を実施。日本政府は停滞していたスリランカでの11のプロジェクトの建設再開及び現政府の開発計画を全面的に支援することを約束したと述べました。
  2. 2024年10月2日、水越英明元在スリランカ大使がディサナヤカ新大統領を表敬訪問し、スリランカとの関係強化へのコミットメントを再確認するとともに、ディサナヤカ氏が推進する汚職撲滅への取り組みを称賛しました。また、空港拡張やテレビのデジタル化といった日本資金による主要なプロジェクトが再開することを表明しました。
  3. 2024年11月7日、在スリランカ現大使である磯俣昭夫氏は、スリランカ大統領官邸にてディサナヤカ新大統領に信任状を提出しました。会談では、スリランカの社会経済発展を支援するさまざまな分野での協力を通じて、スリランカと日本の関係を強化する方法について議論し、この会談により、両国の強い友好関係が再確認されました。
  4. 2025年2月3日、日本政府とスリランカ政府は、供与額3億円の無償資金協力「経済社会開発計画」(廃棄物収集・輸送車の供与)に関する書簡を交換するため、磯俣昭夫駐スリランカ日本国特命全権大使とスリランカ財務・計画・経済開発省次官が署名を行いました。
  5. 2025年3月7日、日本政府とスリランカ政府は約3,694億円(約25億米ドル)相当の債務再編に関する交換公文及び修正協定に署名しました。これは債権国会合メンバー国とスリランカとの間の最初の二国間の債務再編合意の締結であり、スリランカの債務再編プロセスにおける重要な節目となりました。(参考:外務省 『スリランカ債務再編に関する二国間の合意(外務報道官談話)』
  6. 2025年5月4日、中谷元防衛大臣がスリランカを訪問し、防衛協力の強化について高官と会談を行いました。

NPPがスリランカ経済回復のために策定した主要政策

 スリランカでは2009年の紛争終結後、復興需要等を背景に高い経済成長率を記録していましたが、2019年4月に連続爆破テロが発生、翌2020年には新型コロナウイルス(COVID-19)の流行などが重なり、経済活動が停滞、国民の不満が増加する状況が続いていました。(出典:在スリランカ日本国大使館「最近のスリランカ経済」
 
 NPPではこのような経済状況や国民の不満を考慮し、スリランカ国内の経済安定・成長を目指した政策をFramework for Economic Renaissanceを通じて掲げています。本章ではこの点につき詳しく解説します。(出典:NATIONAL PEOPLE‘S POWER-NPP「ECONOMIC RENAISSANCE -BUSINESS FORUM 2024-」

a. 経済の安定化
 ・経済的脆弱層を対象とした財政及び金融改革: 政府支出の合理化、税収基盤の拡
  大、デジタル化による徴税効率の向上
 ・外部部門の強化: 投資家向けの魅力的な長期投資商品発行、農業、観光、ITなど付
  加価値産業の振興、グリーン・ブルー気候ファンドの活用
 ・経済的脆弱層への支援: マイクロファイナンスローンの救済、中小企業や農村経済
  活動向けの金融メカニズムなど、経済脆弱層を対象としたプログラム

b. 投資に適した環境の整備
 ・簡素化された投資プロセス: ワンストップシステムやプロセスのデジタル化、法改
  正により国内外の投資を促進
 ・インフラ及び技術革新の推進: ユーティリティの強化、信頼性の高い物流、再生可
  能エネルギーと廃棄物管理への注力
 ・公平性と労働力開発: ジェンダー平等、財務的セキュリティの確保、産業ニーズに
  応える労働力の育成

c. 国内生産の強化
 ・中小零細企業(MSME)の成長: 100万人の雇用創出を目指した政策、付加価値生
  産の強化、市場アクセスの拡大
 ・研究開発(R&D)とイノベーション: 中央機関の設立により産業効率を向上し、知
  的財産権の取得を迅速化
 ・人的資源開発: 科学、技術、工学など高需要分野のスキルギャップを埋めるための
  トレーニングプログラムの実施
 ・支援的な税制と金融: 進歩的な税制優遇、銀行救済メカニズム、スタートアップ企
  業や中小企業振興のための開発銀行や協同銀行の設立
 ・資本形成の促進:税制優遇措置や中小企業の上場支援、デジタルコンプライアンスの
  導入を通じて、地域企業や投資家を支援
 ・産業資源の強化:公共料金の低価格化を確保し、輸入規制を緩和して国内生産能力を
  強化
 ・Industry 4.0/5.0への移行:Industry 4.0/5.0とは、デジタル技術やAIを活用した製
  造業の高度化・自動化を指す取り組みのことで、Industry 4.0がIoTやビッグデータ
  による「スマート工場」の実現を目指す段階、Industry 5.0は人間と機械の協調に
  よる社会課題解決を目指す段階。移行のための技術の導入、デジタルリテラシーの
  向上、AI開発、公共・民間連携による強固なデジタルインフラ整備を推進
 ・工業団地の強化:未活用の工業団地を再活性化し、再生可能エネルギーや付加価値の
  高いセクターを導入し、コスト削減と効率向上を図る
 ・市場効率の向上:市場アクセスを簡素化し、公正な競争を促進又安全なデジタル決済
  を可能にし、市場の健全性を保護

d. グローバル・バリューチェーンへの接続
 ・市場と製品の拡大: 新たな輸出市場の開拓と世界需要に応じた製品の多様化
 ・貿易促進: 外交サービスの強化、貿易協定の見直し、国際品質基準への準拠
 ・世界労働市場の活用: IT、ホスピタリティ、介護業界など国際的な雇用需要に応じ
  た労働力の育成
 ・戦略的地位の活用: ロジスティクスとインフラを強化し、スリランカをグローバル
  な貿易・輸送の拠点として発展

e. 経済発展における政府の役割
 ・効果的な規制と監視: 透明性の高い規制の枠組みをステークホルダーと協議して
  策定
 ・公共サービスの改革: デジタル化、実力主義の採用、効率の向上
 ・国有企業(SOE)のガバナンス強化: 公共・民間・住民パートナーシップによる
  改革と透明性の向上
 ・社会的エンパワーメント: 社会保障の強化、所得格差の是正、付加価値のある経済
  活動への参加促進

f. 腐敗に対するゼロトレランス政策
 ・クリーンな統治: 透明性と説明責任の確保、政府の意思決定と支出に関する情報を
  公開
 ・法の厳格な適用: すべての人に対する平等な法的基準の適用、腐敗事件の迅速な
  処理、不正資産の回収
 ・倫理的リーダーシップ: メリットに基づく任命、政治的特権の削減、資産公開の
  促進
 ・機関改革: テクノロジーの統合による効率化、国民参加の奨励、倫理的な公共
  サービスの推進

現政府が発表した政策から推測できる、日本企業における新たな投資機会

 前章で解説した日本-スリランカ間の経済協力や現政府独自の経済成長政策の推進によって、労働環境、インフラ、教育、ITなどさまざまな側面で近隣諸国が実施していた取り組みと同様の施策・改革が実現すれば、スリランカにおいて安定した経済基盤が築かれ、また経済基盤が安定すれば、スリランカに対する投資機会が広がり、活発な投資活動の舞台として注目される可能性もあります。本章では現在のスリランカで想定される投資分野について紹介しています。これらは想定される投資分野についてのあくまで参考情報であり、スリランカ政府等の発表に基づく正式な情報ではありません。

  1. 再生可能エネルギー
    工業団地での風力発電及び太陽光発電所の設立
    再生可能エネルギー浸透を支えるバッテリーシステムなどのエネルギー貯蔵ソリューションへの取り組み環境改善を目的としたグリーンボンドやブルーボンドの活用
  2.  インフラ開発
    ・工業団地近くの物流拠点の開発を通じた国際貿易の促進
  3.  技術とデジタル変革
    データセンターや光ファイバーネットワークなどのデジタルインフラの共同開発
    ・フィンテック、エドテック、メドテックに焦点を当てたスタートアップのイノベーションハブの創設
  4. 観光とホスピタリティ
    ビーチや高地などの景勝地でのリゾート開発
    ・丘陵地観光向けケーブルカー・モノレールの開発
  5.  輸出志向型産業
    ・農業(紅茶、スパイス)や鉱物ベースの製造業への投資
    地域市場向けのIT製品や医薬品の開発
    ・南アジア、中東、アフリカへの再輸出拠点としてスリランカを活用するため、高度な技術を備えた倉庫、自動化物流センター、コールドチェーン物流施設、保税倉庫、及び免税物流センターの設立
  6. 戦略的地位の活用
    ・グローバルサウスの業務を統括するため、コロンボに地域本部を設立
  7.  教育と人材開発
    ・STEM(科学、技術、工学、数学)トレーニング機関の設立
  8.  金融サービス
    長期的な産業資金調達を目的とした銀行への出資及び融資提供
    ・ITスタートアップや中小企業向けのベンチャーキャピタル資金提供

外国直接投資に関する政策

 スリランカでは外国直接投資を促進するため、委員会が設立されています。また、現政府は外国直接投資に必要な承認を最長3か月以内に取得できるようにしています。

日本企業にとってのスリランカへの進出

 本章では、スリランカへの進出を検討している日本企業においてメリットになると思われる制度や情報を解説します。

  1. 自由貿易協定の活用
    スリランカは南アジア自由貿易協定(SAFTA)や南アジア地域協力連合(SAARC)、さらにはEUとの特恵貿易協定(GSP+)を通じて、広範な市場への無関税または低関税でのアクセスを提供しています。これにより、日本企業はコスト競争力を強化し、輸出市場を拡大するチャンスが広がります。
  2. 熟練労働力の活用
    スリランカには若く、教育水準が高く、技術的なトレーニングが可能な労働力が豊富に存在し、労働コストも競争力があります。これにより、日本企業は生産コストを抑えつつ、高品質な製品・サービスの提供をすることが可能です。
  3. 戦略的な立地
    スリランカはインド洋の要所に位置し、アジア、アフリカ、中東へのアクセスが容易です。そのため日本企業の物流拠点や製造基地としての戦略的な価値があり、国際貿易やサプライチェーンの効率化に貢献可能です。
  4. 投資優遇措置 
    スリランカ政府は、日本を含む外資系企業に対して、税制優遇、資本財の無関税輸入、優先分野への支援を行っています。
  5. 資本形成の促進
    スリランカ政府は、中小企業の成長支援やデジタルコンプライアンスの推進を通じて、地域経済の強化に取り組んでいます。さらに、証券市場への上場支援や資本調達の効率化も図っており、日本企業にとっても大きなビジネスチャンスがあります。

まとめ

 以上のように、ディサナヤカ新大統領率いる現政権は、様々な前向きな改革を推進しています。新しい議員による透明性の高い政治運営、再生可能エネルギーやデジタル化に重点を置いた経済政策、そして外国からの投資を促進する制度改革は、スリランカの経済に明るい展望をもたらすことが予想されます。さらに日本との友好関係も深まり、債務再編や経済協力の進展に伴い、製造業、IT、観光業、インフラ整備などの分野で日本企業にとって魅力的な進出機会が広がりつつスリランカへの進出を成功させるには、現地の制度や商慣習に精通したサポートの活用が鍵になります。

 東京共同グループの一員である株式会社東京共同ホールディングスでは、日本語に堪能なスリランカ人ビジネス専門家が、スリランカへの進出に関するご相談に対応できる質の高いワンストップサービスを提供いたします。

 また、スリランカ政府が経済特区として位置づけるポートシティ・コロンボへの日本企業の進出支援、ポートシティ・コロンボの開発主体であるCPCC((CHEC PORT CITY COLOMBO(PRIVATE) LIMITED)に関するご相談にも対応しています。

 さらに、民間企業の外国直接投資(FDI)を承認する主要機関であるスリランカ投資委員会(BOI)と情報交換を行う基本合意書を締結しており、日本企業に対して信頼性の高い最新の情報を提供することが可能です。

<主なサービスメニュー>

  • スリランカにおける会社設立・会社管理のサポート
  • スリランカにおける会計・財務報告のサポート
  • スリランカ政府機関への各種登録のサポート
  • 対内投資口座(IIA)の開設のサポート

 今後もスリランカへの進出を検討している日本企業を対象に、サポート体制を拡充していきます。スリランカへの進出をご検討の方はぜひお気軽にご連絡ください。

本稿のお問合せ先

電話:+81 3 5219 8645
Email:eranga-dilshan@tkao.com
PDF:スリランカ大統領アヌラ・クマラ・ディサナヤカ(Anura Kumara Dissanayake)氏の就任に伴う、政治環境の変化と主要経済政策

なお、本稿の内容は執筆者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
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執筆者

  • エランガ・ディルシャーン(Eranga Dilshan)

    東京共同会計事務所  事業開発企画室
    スリランカ勅許会計士

    海外ネットワークも含めた各分野の専門家とコラボレーションを行いながら海外進出支援やM&Aプロジェクトに従事している。

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