【事例:いすゞ自動車株式会社様】
EPA業務改革×JAFTAS
~属人化からの脱却と全社体制構築~

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【事例:いすゞ自動車株式会社様】<br>EPA業務改革×JAFTAS<br>~属人化からの脱却と全社体制構築~

 グローバルビジネスの進展に伴い、FTA(自由貿易協定)やEPA(経済連携協定)を活用した関税削減は、企業の国際競争力を左右する重要な経営戦略となっている。しかし、その実務は複雑を極め、多くの企業が専門知識の不足、部門間の連携不備、さらにはサプライヤーとの協力体制の構築といった「見えない壁」に直面しているのが実情だ。

 特に、数万点の部品から成り立ち、膨大かつ複雑なサプライチェーンを持つ自動車業界にとって、EPA業務の遂行は極めて難易度が高い。こうしたEPA活用における課題を解決するため、2019年頃から自動車業界全体で原産資格調査の標準化の動きが加速した。東京共同トレード・コンプライアンス(TKTC)は一般社団法人日本自動車工業会(JAMA)/一般社団法人日本自動車部品工業会(JAPIA)からの働きかけを受け、FTA 等の利用に係る原産資格調査のためのサプライチェーンプラットフォーム「JAFTAS®」を開発した。

 この自動車業界内で、いち早く「JAFTAS®」導入に踏み切った企業の一社が、いすゞ自動車株式会社だ。同社では、EPA業務を各担当が個別に対応していたために属人化し、大きな業務負担になっていたという。「JAFTAS®」導入に至るまでの課題や経緯、導入後の取り組みや成果について、同社貿易管理部の小泉祥子氏と小山敦広氏に話をうかがった。

目次

≪人物紹介

いすゞ自動車株式会社
貿易管理部 部長
小泉祥子 氏
いすゞ自動車株式会社
貿易管理部 マネージャー
小山敦広 氏

いすゞ自動車が直面したEPA活用を阻む3つの壁
~「知識の壁」「プロセスの壁」「協力企業の壁」~

―自動車メーカーにとってFTAやEPAの活用は、輸出入にかかる関税を削減・撤廃し、製品の競争力を高めるために非常に重要である。協定を締結した国同士で輸出入を行う際、産品がその国で生産されたものであることを証明する「原産地証明書」を商工会議所より取得し、輸入国の税関に提出することで、通常よりも低い関税率の適用を受けることができる。

しかし、そのメリットの裏側で、原産資格調査業務は多くの企業にとって担当者を悩ませる業務負担が大きな課題となっている。複雑な協定ルールを理解するための「知識の壁」、関連部署との円滑な連携を阻む「プロセスの壁」、そして、サプライヤーから協力を得るための「協力企業の壁」。この3つの壁が、多くの企業でEPA活用の障壁となっているのだ。

「JAFTAS®」導入以前のいすゞ自動車も、こうした状況に直面していた。当時、実際に原産資格調査業務を担当していた小山敦広氏は次のように語る。

小山氏:「各輸出先担当の“各輸出先の若手が担当する非常に煩雑な業務”という扱いで、各自が手探りで業務にあたっている状況でした。知識やノウハウが組織に蓄積されていないため、担当者はゼロから情報を集めなければならず、業務負担も大きくなっていたのです。

また、プロセス面の壁も存在していました。
原産地証明に必要となる基本情報(原価表、HSコード、サプライヤー証明書など)について、『どこに情報があるのか』『どの部署の誰に相談すべきか』が不明確であることが大きな課題でした。

さらに、情報を入手できた場合でも、その内容を正しく理解することが難しいという問題もありました。
例えば、原価表には多種多様なデータが含まれており、どの項目を確認すべきか判断できないケースが多い。
HSコードについても、入手したコードが正しいかどうかを判断できないという状況がありました。

また、サプライヤー証明書の取得においては、営業担当 → 購買部門 → サプライヤー →(質問があれば)再び営業担当という複層的な依頼フローが常態化し、手続きが煩雑で時間を要するという別の課題もありました。」

原産地証明書の不足で事業計画が見直しに?
事業リスクに直結するEPA業務の重要性

―属人化され、非効率な進め方が定着していたEPA業務。しかも、各輸出先によって難易度が大きく異なるという課題もあった。小山氏が担当していたメキシコ協定は、そのなかでも最難関と言えるものだった。

小山氏:「多くの協定では、原産地規則であるCTC(関税番号変更基準)かVA(付加価値基準)のどちらかを満たせばいいのですが、メキシコの場合はその両方を満たす必要がありました。しかも、VAで達成すべき付加価値の基準値も、他地域と比べて高く設定されていました」

―この高難易度の案件を、専門知識や確立されたフローがないなかで進めなければならなかった小山氏。さらに、膨大な数のサプライヤーとのやり取りも、すべてが手作業だったという。

小山氏:「サプライヤー証明書などの必要書類を集めるためのやり取りは、すべて電話とメールで行っていました。メキシコの案件では100社以上のサプライヤーに連絡して数百件にのぼる書類を集める必要があり、本当に大変でした。依頼の連絡だけでなく、提出のお願い、内容に関する問い合わせへの対応も、すべてが電話かメールです。ミスが起こる可能性も高い状況だったと思います」

―膨大な作業の末に作成した書類も、一度で承認されることなく、何度も再提出を求められた。

小山氏:「独自に調べて対応していたため、わからない点も多く、書類を集めて日本商工会議所に申請しても差し戻されることが続き、何が間違っているのかを都度確認し、修正しては再申請するという作業に追われました。業務負荷が極めて高く、メキシコ担当時はほかの業務が手につかないほど、EPA業務に忙殺される状況でした」

―小山氏が原産地証明書をなかなか取得できない中、新型車両が現地で発売されるタイミングが迫っていた。このままではEPA恩典が利用できず関税が発生してしまうため、新型車両の出荷を遅らせるなどの事業計画の見直しが必要になる。EPA業務が事業基盤を支える重要な業務であり、適切に対応しないと事業リスクにもつながることが浮き彫りになった。

小山氏:「問題が顕在化しEPA業務の難易度が明確になったことで、上司とも課題意識を共有できました。その後は日本商工会議所への説明への同行など調整支援をいただくようになりました。加えて、この問題をより具体的にマネジメントに理解してもらうため、EPAを活用することによって、年間でどれくらいの関税削減効果があるのかを試算して提示しました。具体的な数字を示して説明したことで業務の重要性がより伝わったと思います。」

専門家コンサルティングで適える全社横断での
業務フロー最適化と「JAFTAS®」で切り開く“脱属人化”

―社内でEPA業務の重要性に対する認識が高まり、改善に向けて動きだそうとしていたとき、外部でも大きな動きが起きていた。自動車業界全体でEPA業務を標準化することを目指し、JAMAが主体となって業界統一プラットフォームの構築を模索し始めたのだ。コンペで採択されたのは、TKTCが運営する原産資格調査プラットフォーム
「JAFTAS®」だった。いすゞ自動車でも2020年9月のリリースと同時に「JAFTAS®」を導入することを決めた。

小山氏:「我々が社内で『このままのやり方ではダメだ』と現場目線で改善を訴えていたタイミングと、JAMAが統一システムをつくろうと動き出したタイミングが重なったことは幸運でした。会社として『この流れに乗る』という判断になったのです。
『JAFTAS®』導入で期待したことの1つは、これまでの電話・メールでのやり取りからの脱却でした。ワンプラットフォームで過去の資料やサプライヤー証明書をすべて集約でき、システム内でサプライヤーと直接やり取りができる。この変化は非常に大きく、さらに、自動車業界では共通のサプライヤーも多いため、業界全体の効率化につながることが期待できました」

―「JAFTAS®」を導入すれば、すべての課題が解決する。当初、社内にはそんな楽観的な見方が広がっていたという。しかし、小山氏は「単にシステムを導入するだけでは、課題の解決はできない」と懸念していた。

小山氏:「業務の実態を知っている立場として、システムを動かすための業務フローをしっかりと整理し、関係者全員が使い方を理解しなければ、「JAFTAS®」のメリットを最大化できないだろうと感じていました。そしてやはり、導入直後は業務フローが未整備だったために、各担当者はどう使っていいかわからず、システムをうまく使いこなせないという問題に直面したのです」

―「JAFTAS®」は正確に原産資格調査ができる仕組みと知識を提供するが、社内での役割分担や業務プロセスは各社で構築し、最適化する必要がある。そこで、いすゞ自動車はTKTCのコンサルティングサービスも合わせて依頼。二人三脚での業務改革へと乗り出した。

小山氏:「マネジメントに業務フローの整備が重要であることを訴え、『それならば、プロの話を聞いてみよう』と、開発元であるTKTCにコンサルティングを依頼することになったのです。最初に取り組んだのは、全社的な業務の棚卸しと課題の可視化でした。
TKTCの担当者の方に実際に当社まで来ていただき、営業部門、生産部門、経理部門など各部門を何度も一緒に回って業務の実態をヒアリングしました。

なかでも、これまでEPA業務に直接関わりのなかった生産部門との連携は、社内のメンバーだけでは難しかったと思います。原産地規則を判断するためには生産部門が持つ技術情報が必要ですが、機密性が高いため、担当者からお願いして簡単に出してもらえるものではありません。しかし、第三者の専門家であるTKTCから客観的な視点で説明してもらうことで、各部署が真摯に耳を傾けてくれましたし、会社としての意気込みも伝わったと感じます」

二人三脚でEPA業務の課題に向き合い意識改革を推進
EPA専門部署の設立へ

―その後もTKTCの協力を得て、上層部のみならず、管理職向け、現場社員向けとあらゆるレイヤーでEPA業務への理解を促す説明会を実施。全社的な広い啓発につながった。その中で、実際にどのような方策が効果的か話し合った結果、実施したのが「擬似検認」であった。

小山氏:「検認とは、EPAを利用して輸出した貨物について、輸入国の税関が事後的に原産地規則を正しく満たしているかを調べる査察のこと。検認で不備が指摘されれば、関税の追徴などのペナルティが発生する可能性があります。しかし、社内の誰にも検認の知見はありませんでした。

そこで、TKTCの協力を得て、『もし検認が来たらどのような対応をとるべきか』という視点で、各部署がどのような書類を、どのくらいの時間で準備できるのかを実際に試しました。すると、『うちの部署だけではこの書類は出せない』『あの部署の協力が不可欠だ』といった課題が次々と浮き彫りになりました。この擬似検認を通じて、EPA業務は特定の担当者だけがやる業務ではなく、全社で取り組みが必要な複雑で重要な業務なのだという認識を広めることができました」

―1年ほどかけてTKTCの支援を受けながら課題を整理していく中で、いすゞ自動車ではEPA業務は専門性を持つ人材が担う体制が望ましいとの方向性が固まる。EPA業務を集約した専門部署として2022年4月に貿易管理部が設立された。貿易管理部の部長に着任した小泉祥子氏は次のように語る。

小泉氏:「私が着任する以前は、担当者レベルの兼務的な仕事と捉えられることが多かったEPA業務ですが、海外ビジネスにおいて重要な業務として社内で認識されたのは大きな変化でした。専門部署の新設にあたっては、TKTCから人材要件の整理や業務集約による効率化の考え方・試算方法など参考となる示唆をいただきました。こうしたTKTCの具体的で客観的助言が、社内検討においてマネジメントの意思決定の一助になったと理解しています。」

JAFTAS システム×コンサルティングのフル活用で
少人数で×全地域の原産資格調査管理を実現

—貿易管理部には現在6名が所属。体制と業務フローの変革は、劇的な効率化をもたらした。

小山氏:「以前は1人の担当者が1つの輸出先にかかりきりでしたが、現在は6名の体制で十数カ国に及ぶ全社のEPA業務をカバーできています。当社が扱っている製品は車両や産業用エンジンなど多岐にわたりますが、原産資格調査の知見を持つ専任の担当者が『JAFTAS®』を活用して業務フローの効率化を進めることで、十分に対応できています。

また、数百社に及ぶサプライヤーからの問い合わせ対応を、専門知識を持つ『JAFTASサポートデスク』にアウトソースできるようになったことも効率化につながっています。以前は担当者がすべて電話やメールで対応していましたが、今はサポートデスクで一次対応をしてもらえるようになり、我々はコア業務に集中できます。また、『JAFTAS®』のシステム内で原産資格調査の正否の判定がある程度担保されるほか、日商連携機能があるため、商工会議所への申請もスムーズになりました」

—貿易管理部が設立され、『JAFTAS®』の活用が進んだ現在も、TKTCとのパートナーシップは継続している。定期的な擬似検認の実施のほか、多岐にわたるサポートが欠かせないと考えているためだ。

その中のひとつが、「HSコード」の管理だ。HSコードとは、あらゆる物品に割り振られた世界共通の番号で、原産地規則を判断するうえでの根幹となる情報のこと。しかし、協定によって参照されるHSコードのバージョンが異なるため、数万点の部品で構成される自動車ではその管理は膨大な工数と専門知識を要する。

小山氏:「当社のトラック1台分に相当する約6000の品番について、TKTCにHSコードの分類例の作成のサポートをお願いしました。EPAとHSコード、両方の専門知識を持つTKTCだからこそのプロジェクトです。分類されたHSコードは将来にわたってコンプライアンスの基盤となりますが、これを維持・改善していくことが次の課題だと感じています」

―自社のEPA業務の改革を達成した今、いすゞ自動車の改革の目はサプライチェーン全体へと向けられている。

小山氏:「我々がTKTCとの二人三脚で蓄積してきたEPA業務のノウハウを、今後はサプライヤーにも展開していきたいと考えています。その一環として、現在はTKTCと共にサプライヤー向けの説明会や個別支援を実施しています。我々メーカーから直接伝えるよりも、中立的な専門家であるTKTCから説明していただくことで、理解しやすい部分があるようです。例えば、自動車メーカーとサプライヤーではVA証明に必要となるコスト情報に関係する話はしにくいですが、第三者であるTKTCであればコストに関する質問もしやすいと考えています」

難解な制度と現場のギャップを埋めるEPA業務のパートナーとして。
サプライチェーン全体、自動車業界全体でEPA活用を広げていく-

―これまでの改善活動を経て、EPA業務の属人化からの脱却と全社的な業務プロセスの標準化という大きな目標を達成したいすゞ自動車。一方、TKTC側にも自動車業界の実務に関する深い知見が蓄積されてきた。両社のパートナーシップがさらに深まることで、自動車業界全体のEPA活用に寄与することが期待される。小山氏と小泉氏は、今後の展望について次のように語った。

小山氏:「私がTKTCに期待しているのは『バーチャルとリアルの橋渡し役』です。『バーチャル』とはEPAの協定や原産地規則といった専門的で難解な制度の世界のこと。一方の『リアル』は、製造現場やサプライヤー様が日々直面している具体的な業務の実態のこと。両者の間には、しばしば大きな乖離が存在しているのが現状です。

そのためTKTCには、専門家だけが理解できる複雑なルールを現場の誰もが理解でき、正しく実践できるような、わかりやすいツールやコンテンツに落とし込んでもらいたいと期待しています。これまで専門性が高かったEPA活用の敷居を下げ、裾野を広げることで、サプライヤーも含めた業界全体のレベルアップにつながるはずですから。それがひいては、自動車業界全体の発展にも貢献することになると思います」

小泉氏:「EPA業務を正規の業務として確立し、社内体制を整備するまでの道のりは決して平坦ではありませんでしたが、TKTCという心強いパートナーの協力を得て二人三脚で進めてこられたことが成功の鍵だったと感じています。今後も、より使いやすい制度、より効率的な業務プロセスを追求していきたいと考えています」

なお、本インタビュー記事は当事務所での取り扱い案件のご紹介を目的として作成したものであり、導入判断の代替となるものではありません。
記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
また、個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。

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