サステナビリティ情報のディスクロージャーに関しては、様々なフレームワークが存在し、策定主体の統合や開示基準の策定が国内・外において進んでいます。その中でも代表的なフレームワークは、気候変動に関する「TCFD」です。本稿では、TCFDについて解説します。
TCFDとは、「気候変動関連財務情報開示タスクフォース(Task Force on Climate-
related Financial Disclosures)」の略称であり、G20財務大臣・中央銀行総裁会議の要請を受け、2015年12月に金融安定理事会(FSB)により設置された、気候関連の情報開示及び気候変動への金融機関の対応を検討する作業部会です。
TCFDは、気候変動に対する企業の取り組みにかかわる情報開示について、提言をまとめた最終報告書を2017年6月に公表しました(※出典:株式会社グリーン・パシフィック「最終報告 気候関連財務情報開示タスクフォースによる提言」)。気候変動がもたらす「リスク」及び「機会」に関し、企業に対して「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4項目の開示を提言し、さらにそれぞれの項目に対応する合計11項目の開示を推奨しています。
TCFD提言は、「気候変動がもたらすリスクと機会」の財務的影響の開示を促すフレームワークです。サステナビリティ情報やESG(Environment、Social、Governance)情報等の開示に関するフレームワークは、TCFD提言以前にも複数ありました。
ただ、TCFD提言は、それらの情報に含まれる「気候変動」のみに焦点を当てた点、さらに、非財務ではなく財務的影響への開示を求めている点が、既存の開示フレームワークとは異なっています。
なお、金融安定理事会(Financial Stability Board、以下「FSB」)とは、2022年(令和4年)末時点で、主要25か国・地域の中央銀行、金融監督当局、財務省、主要な基準策定主体、IMF(国際通貨基金)、世界銀行、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)等の代表が参加(事務局はBISに設置)する組織で、金融システムの脆弱性への対応や金融システムの安定を担う、当局間の協調促進に向けた活動などを行なっています。
金融市場には資金余剰部門から資金不足部門へ、リスクに応じて効率的に資源配分ができる価格決定機能があります。この価格決定を行うにあたり欠かせないのが、リスクを評価するための適切な情報です。
しかし、増大する気候変動リスクが、どの企業にどの程度の影響を及ぼすのか、それに対し、どの企業がどのような対策をとっているのか、その結果として、企業の財務状況がどのように変化するのかなどの情報が、投資家など金融市場参加者は十分に入手できない状況でした。そのため、気候変動リスクの財務的影響に関し、明瞭で比較可能性があり、かつ首尾一貫した情報開示のフレームワークの必要性が認識されるようになりました。 このように、TCFD提言はFSB主導によって、金融市場の効率性を通じて経済の安定性及び回復力を高めることを目的に策定されたものです。
TCFD提言は、全てのセクター及び世界各国・各地域において適用されることを想定し、企業の一般的な年次財務報告において情報開示するよう提言しています。日本の場合、この「年次報告書」に該当するのは有価証券報告書です。
日本の有価証券報告書に含まれる財務諸表及び連結財務諸表以外の開示項目は、「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下、「開示府令」)及び「企業内容等の開示に関する留意事項について」(以下、「開示ガイドライン」)に定められており、2023年1月末の改正により、サステナビリティに関する記載欄が新設(注1、注2)されました。
新設の記載欄には、TCFD提言と同じ「ガバナンス」「戦略」「リスク管理」「指標及び目標」の4項目に関する、連結ベースでの情報開示が求められることとなり、
2023年3月期の有価証券報告書から適用開始されています。ただし2023年1月末の改正では、4項目すべてが必須開示とはされておらず、「戦略」「指標及び目標」の2項目について、人的資本に関するもの以外は重要性を判断して記載することとされています。
従って、例えばTCFD提言の「指標及び目標」において推奨されているGHG(温室効果ガス)排出量の開示は、今回の改正では必須とはされていません。
なお、東京証券取引所のプライム区分に上場している企業については、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの補充原則3-1①において、「TCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである」という文言が追加され、TCFDへの対応が事実上必須となっています(※出典:株式会社日本取引所グループ「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月11日版)」)。ただし、開示媒体については指定されていないため、有価証券報告書のほか、財務情報と非財務情報を統合した「統合報告書」や「CSRレポート」「サステナビリティレポート」等の、法定開示書類以外の媒体を通じて開示されてきました。
2023年1月末の改正開示ガイドライン5-16-4では、有価証券報告書におけるサステナビリティ情報の記載事項を、「当該記載事項を補完する詳細な情報について、提出会社が公表した他の書類を参照する旨の記載を行うことができる」としています。TCFD提言に基づく開示を、どの開示媒体により行うのかという点を、それぞれの開示媒体の目的を考慮しながら再検討することが必要になると考えられます。
(注2)大蔵省「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)(平成11 年4月大蔵省金融企画局)」
2023年6月26日、国際サステナビリティ基準審議会(International Sustainability Standards Board、以下「ISSB」)(※出典:IFRS Foundation 「ISSB issues inaugural global sustainability disclosure standards」)から、以下の2つの基準書が公表されました。
ISSBは、既存の主要な開示団体を統合し、統一的なサステナビリティ開示基準の開発を行うことを目的に設立された、IFRS財団の下部組織です。上記のIFRS S1号及び2号は、その最初の基準書であり、TCFDの提言を十分に組み込んだものとなっています。 これら基準書の適用日は、2024年1月開始事業年度とされていますが、具体的な適用(強制・任意の別)や適用時期は、各国の規制当局により決定されることになります。日本においてはサステナビリティ基準委員会(SSBJ)により、IFRS S1号及び2号に相当する日本版S1基準及び日本版S2基準の開発が進められています。
このような状況を受け、2023年1月末の開示府令及び開示ガイドラインの改正と同時に公表された「記述情報の開示に関する原則(別添) ―サステナビリティ情報の開示について―」(※出典:金融庁「記述情報の開示に関する原則(別添)サステナビリティ情報の開示について」)の冒頭には、「サステナビリティ情報については、現在、国内外において、開示の基準策定やその活用の動きが急速に進んでいる状況であることから、サステナビリティ情報の開示における『重要性(マテリアリティ)』の考え方を含めて、今後、国内外の動向も踏まえつつ、本原則の改訂を行うことが考えられる」と記載されています。今後、TCFD提言の内容が、日本の法定開示ルールの中で整理されていくことが想定されます。
なお、本稿の内容は監修者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
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