海外子会社管理とは、資金・業績管理等の財務、法令遵守やリスク管理などのコンプライアンス、そして人材・オペレーション等の人事といった経営機能を横断するガバナンス全体の取り組みです。
本コラムでは、海外子会社管理における不正事例と基盤となる資金管理の強化ポイントを解説するとともに、自社のリスク度合いを測るセルフ診断チェックリストをご提供します。
目次
海外子会社の適切な管理・ガバナンスの実現には、資金・財務管理をはじめ、会計・税務、業績管理、人事・組織運営、法令遵守(コンプライアンス)、内部統制など、企業活動を支える様々な領域について継続的なモニタリングと統制が求められます。
多岐にわたる管理領域が相互に連携してはじめて実効性のあるガバナンスが実現されます。そのため、海外子会社管理を考える際には、まず管理すべき領域全体を俯瞰し、その中で各機能の役割を整理することが重要です。
海外子会社管理と財務の役割については以下のコラムでも専門家の意見をまとめていますので、ぜひご一読ください。
関連記事:
TKAO JOURNAL:「これからの財務の役割1:M&Aで買収した子会社のモニタリング」
TKAO JOURNAL:「これからの財務の役割3:税務リスクへの備え」
日本公認会計士協会が公表している「上場会社等における会計不正の動向(2025年版)」によると、2024年3月期の3件から、2025年3月期は8件へと海外子会社不正の発覚件数は増加しています。
過去5年間で不正が発覚した海外子会社の所在地は、中国・アジア圏が約65%と最も高い比率を占めます。不正の種類としては、資産の流用(横領)と粉飾決算に大別され、粉飾決算では売上の過大計上が減少する一方、原価操作や架空仕入が増加しています。
海外子会社では本社の監視機能が行き届かず、不正が生じている例もあり、実態そのものがブラックボックスになりがちであることが特徴だと考えられます。
出典:日本公認会計士協会:ウェブサイト掲載資料「上場会社等における会計不正の動向(2025年版)」
海外子会社管理は国内子会社の管理とは異なる様々な課題を抱えています。本章では海外子会社を管理する際に企業が直面する代表的な課題を紹介します。
海外子会社は本社とは異なる国・地域で事業を展開するため、環境的制約が発生します。
日本と欧州では7〜8時間、南米拠点では12時間前後の時差が生じます。仮に対応時間が現地のデイタイムに限られる場合、照会から回答までに実質1営業日を要することになります。このような地理的制約により、異常検知や是正対応が遅れ、資金回収が困難になるケースも少なくありません。 問題発覚や本社の意思決定などが遅れるといった弊害も発生しやすく、甚大な経営被害・コンプライアンス問題に繋がる可能性もあります。
海外子会社管理においては、言語・文化・商習慣の違いが適切な意思決定の障害となる場合があります。 例えば、本社の規程やルールが現地言語への翻訳過程で解釈がずれ、現地で十分に理解されないことや、現地言語版のマニュアル・規程が更新されないまま運用され対応がアップデートされず放置されるということもよく見られるケースです。
また、贈答や仲介手数料など現地で慣行とされる支出が、本社基準では不適切な支出に該当する場合もあります。
法制度や税制、会計基準は国ごとに異なります。国によっては外資規制や送金規制があり、配当や親子ローンによる資金還流が制限されます。
労務要件も多様なため、本社が一律の規程で統制することが難しく、現地の裁量に委ねられる範囲が広がり、本社の意向が反映されにくくなります。
法令違反や税務リスク、不適切な会計処理は企業の財務・信用面に大きな影響を及ぼすことから、専門家を交えたストラクチャーの検討など、各国の規制を十分に理解したうえで適切な管理体制を構築することが重要です。
本社は現地の事業環境や日々の運営状況を直接把握することが難しく、現地からの報告に依存せざるを得ません。
例えば、資金管理において、現地作成のExcel残高表だけを受領し、現地で作成した
Excel残高表と銀行明細を突合していない場合、本社は報告数値の正確性を検証できません。作成者と検証者が同じであれば、改ざんや誤りの発見も遅れます。それらの結果、業績悪化やリスクの兆候、不正・不適切な業務運営が慢性化する可能性があります。
海外子会社への権限移譲が適切にできていない場合や、本社によるモニタリングや統制が十分に機能せず、経営管理を過度に現地子会社へ委ねざるを得ない場合は、「現地任せ」の状態が課題となります。 特に設立初期から現地担当者が営業・管理・経理を兼務する組織では、承認と実行が同一人物に集中し、内部牽制が働きにくくなります。さらに、本社の関与が年1回の予算承認のみとなれば内部統制は形骸化し、グループとしての統制水準を評価できなくなります。
海外へ派遣する本社の管理人材が不足し、駐在員が経理・総務・法務を兼務する体制になると、十分な牽制や管理が難しくなります。本社側にも専門知識を持つ人材が限られ、現地スタッフの理解度の差も加わり、同じ規程を適用していても拠点ごとに運用結果が揃わなくなります。
本章では、海外子会社不正の事例と本社が気付けなかった要因をもとにグローバル企業が取り組むべき「資金管理」について整理します。
海外子会社A社がB社との取引を拡大させるなか、B社における業績悪化で売掛金が滞留し、与信枠を超過した事例です。
内容
A社はB社の関係会社に新たに与信枠を設定し、取引名義の一部をB社の関係会社に変更することにより、売掛金の滞留発生を隠蔽し、貸倒引当金を計上しないなど不適切な会計処理を行い、さらに架空の売上を計上して不正金額が拡大しています。
出典:証券取引等監視委員会ウェブサイト:「開示検査事例集」2021年7月
本社が気付けなかった要因と、ガバナンス欠如の所在
解決策
富士フイルムホールディングス株式会社傘下の富士ゼロックス株式会社では、ニュージーランド子会社において現地マネジャーが主導する不正会計が発生しました。
内容
ニュージーランド子会社が、サービス利用想定量の過大見積もりや、契約更新時の売上の二重計上などにより売上を過大計上していました。背景には売上至上主義・売上目標達成を重視する評価・報酬体系が背景にあり、問題が把握される機会があったものの、グループ内の関係幹部による対応が十分でなく、問題の把握・是正が遅れたとされています。
不適切な会計処理の発覚により、過去数年間にわたる連結ベースの当期純利益への累計影響額は375億円の損失、当社株主帰属当期純利益への累計影響額は281億円の損失となり、決算発表の延期や役員退任にも発展するなど、経営と信用に大きな影響を及ぼしました。
出典:富士フイルムホールディングス株式会社「当社連結子会社に関する不適切な会計処理による影響額に関するお知らせ」
本社が気付けなかった要因と、ガバナンス欠如の所在
解決策
2つの事例では、海外子会社管理には、横領や不透明な送金、不正会計、余剰資金の滞留などの資金管理における不正リスクが内在していることを示しています。これらが悪意ある不正会計と結びつけば、グループの財務や信用にも影響し、経営を脅かす被害に繋がります。
業績や会計が事後的な確認になりやすい一方、残高や入出金をタイムリーに把握すれば、異常を早期に検知し、不正・資金流出の拡大を防ぐことができます。 つまり、海外子会社管理における「資金管理」は、単なる財務効率化の手段ではなく、海外子会社の経営実態を把握し、不正や不適切な会計処理を早期に発見するための重要な予防・抑止策として機能します。
また、近年の資金・財務管理では、単なる資金繰りではなく、売掛金・在庫・買掛金を含む運転資本(Working Capital)管理にも重点が置かれています。グループ全体の最適化を考えた資金・経営管理のため、グローバル企業の本社は海外子会社の「利益」だけでなく「キャッシュ」にも着目した財務ガバナンスの管理体制を構築することが不可欠です。 過去の専門家コラムでは「キャッシュ管理」「運転資本管理と子会社資本管理の考え方」についてまとめていますので、ぜひご一読ください。
関連記事:
TKAO JOURNAL:「これからの財務の役割2:キャッシュの管理は運転資本の管理」
TKAO JOURNAL:「日本企業の手元金保有の考え方」
海外子会社の資金管理は、資金の流れをリアルタイムで把握できる「見える化」、一定額以上の送金には本社の許可を必要とする「ルール化」など本社主導の仕組みを構築する必要があります。具体的に整備すべき事項を4つご紹介します。
口座と権限を一覧化することで、未把握口座や過剰な権限付与を特定しやすくなり、不正が疑われる場合の権限停止や口座確認など、初動対応を迅速に行えます。口座の数はできるだけ少なくして、必要なものに絞り込むことが重要です。
<口座一覧の項目例>
<権限一覧の項目例>
海外口座の残高や、入出金を定期的にモニタリングすることで、異常な資金の流れを早期に発見でき、対応の迅速化につながります。異常検知の精度を高めるには、どの数値をどの閾値で「異常」とみなすかのルールをあらかじめ設計し、全拠点で統一した判断基準を持つ必要があります。
定期報告の運用設計やその限界については、以下のコラムでも詳しく解説しています。
関連記事:
TKAO JOURNAL:「海外口座管理を海外子会社・海外拠点任せにするリスクと解決策~本社主導の『海外口座モニタリング』で実現するグローバル資金管理の第一歩~」
承認フローを機能させるには、「誰が・何を・どのレベルまで承認するか」を事前に設計する必要があります。曖昧なまま運用すると、現地判断の余地が生まれ、不正の温床になります。
承認基準の設計では、まず金額閾値と取引種別の組み合わせで承認レベルを定義します。一例ではありますが、以下の区分が考えられます。
▼区分例

次に、承認権限の分掌を明確にします。「送金を実行できる人」「承認できる人」「口座設定を変更できる人」はそれぞれ別の人物に割り当て、一人が全工程を完結できない設計にすることで牽制が働きます。
また、金額に関わらず新規口座開設・署名権限者の変更・緊急送金(通常フローの迂回)などは金額が小さくても不正の入口になりやすいため、必ず本社承認を必須とします。
Excel集計やメール報告による管理では、情報の鮮度・正確性に限界があります。特に国や銀行ごとのインターネットバンキングを個別に確認する運用では、口座数が増えるほど集計工数が膨らみ、タイムリーな把握が難しくなります。
こうした課題を解消するのが、CMS(キャッシュ・マネジメント・システム)/TMS(トレジャリー・マネジメント・システム)です。複数の国・銀行にまたがる口座の残高・入出金・資金繰りをマルチバンクで一元管理することで、不正抑止・オペレーションの標準化・資金管理の高度化を実現できます。
導入の選択肢や注意点、他の管理方法との比較は下記のコラムで解説しています。
関連記事:
TKAO JOURNAL:「海外口座管理を海外子会社・海外拠点任せにするリスクと解決策~本社主導の『海外口座モニタリング』で実現するグローバル資金管理の第一歩~」
海外子会社の資金管理、特に海外口座管理のガバナンスを次の7要件に定義しました。これらを整備することで、不正リスクの低減と資金効率の向上につながります。

①〜③が土台、④〜⑥が仕組み、⑦がその先に得られる成果と捉えると、自社の現在地を把握しやすくなります。多くの企業がつまずくのは①可視化であり、ここが未整備のまま⑦最適化に着手することはできません。
これらを現地に依存せず実現する手段⑥として、マルチバンクに対応したCMS(キャッシュ・マネジメント・システム)/TMS(トレジャリー・マネジメント・システム)の導入が挙げられます。ハイスペックで高額な印象もありますが、最近では残高や入出金の可視化に機能を絞った比較的導入負担の小さい海外口座管理ツールも登場しており、選択肢として検討してみることも推奨されます。
口座構成の設計や手元流動性の水準については以下のコラムでも解説しています。
関連記事:
TKAO JOURNAL:「銀行口座構成の重要性」
TKAO JOURNAL:「銀行口座構成の考え方~集中口座と機能口座~」
TKAO JOURNAL:「日本企業の手元金保有の考え方」
自社の海外子会社の資金管理リスクの度合いを測るためのセルフ診断チェックリストを紹介します。
下記に該当する場合はチェックをしてください。

チェック数が少ないほど、資金管理リスクは高い状態です。 海外子会社管理のリスクは、前章の①可視化・②統制・③本社関与という土台に集約されます。セルフチェックで自社の現在地を把握し、優先順位をつけた改善を進めましょう。

海外子会社の資金不正は、グループの財務や信用に大きな影響を及ぼします。まずは、①口座・権限の可視化、②承認基準と権限分掌の整備、③重要案件への本社関与を進めることが重要です。
Excelやメールでの管理に限界がある場合は、高機能なCMS(キャッシュ・マネジメント・システム)/TMS(トレジャリー・マネジメント・システム)だけでなく、残高・入出金の可視化に特化したサービスから段階的に導入する方法もあります。
口座管理について詳しく知りたい方は以下のコラムでも解説しておりますので、ぜひご一読ください。
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