国外関連取引を行う法人は、ローカルファイルを作成し、又は取得し、保存することを求められます。ローカルファイルは、国外関連取引の内容および独立企業間価格の算定について記載した書類ですが、ローカルファイルを作成することが移転価格課税リスクの排除を保証するものではありません。
以下、移転価格課税のリスクの高い状況、ローカルファイル作成の法的効力、およびローカルファイルを作成しても移転価格課税を受ける場合について解説します。
目次
移転価格税制において、国外関連取引について、「当該法人が当該国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき、又は当該法人が当該国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるときは、・・・当該国外関連取引は、独立企業間価格で行われたものとみなす。」(措法66の4①)と規定されています。したがって、移転価格税制により課税されるのは、「国外関連者から支払を受ける対価の額が独立企業間価格に満たないとき」(低額譲渡)および「国外関連者に支払う対価の額が独立企業間価格を超えるとき」(高額取得)で、所得が国外関連者に移転する場合です。
国外関連者に所得移転がされた場合、国外関連取引の当事者の利益率や利益配分に影響が生じます。すなわち、国外関連取引の当事者の内国法人の利益率や利益金額が低下し、国外関連者である外国法人の利益率や利益金額が上昇します。そのため、国外関連取引の当事者である内国法人が低利益率・低利益配分であること、国外関連者である外国法人が高利益率・高利益配分であることは、所得移転の可能性を疑わせます。
課税庁においても、所得移転の可能性の有無を発見する手がかりとして利益率や利益配分に注目しています。例えば、移転価格事務運営要領(注1)3-1(1)は、調査の方針として、国外関連取引に係る売上総利益率又は営業利益率等に、同(3)は利益配分に配慮することを明示しています。
また、国税庁が公表している「Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント ~移転価格税制の実務において検討等を行う項目~」(注2)の調査官の視点として、ケース3では海外子会社の利益率に、同ケース4では、利益配分に着目していることが示されています。
したがって、高利益率海外子会社や低利益率内国法人は、相対的に移転価格課税リスクが高いと言えます。
注1 国税庁ホームページ 移転価格事務運営要領の制定について(事務運営指針)
注2 国税庁ホームページ 「Ⅱ 移転価格税制の適用におけるポイント ~移転価格税制の実務において検討等を行う項目~」
国外関連取引を行った法人は、法令で定められた書類(いわゆるローカルファイル)を作成又は取得し、保存することが求められます(措法66の4⑥、⑫、⑭)。これらの書類の提出又は提示を求められて、期限までに提出又は提示されなかった場合には、課税庁の職員は、同業種類似規模法人の利益率や利益金額を参照して独立企業間価格を推定して、更正又は決定をすることが認められています(同時文書化対象取引については、措法66の4⑫、同時文書化免除取引については、⑭)。さらに、国外関連取引に係る事業と同種の事業を営む者に質問、帳簿の検査、提示又は提出を求めることができます(措法66の4⑰、⑱)。
作成・保存が求められる書類は以下のとおりです。
| 同時文書化対象取引 | 同時文書化免除取引(注3) |
| (1)独立企業間価格を算定するために必要と認められる書類(措法規則22の10⑥一) (2)国外関連取引に係る独立企業間価格を算定するための書類(措法規則22の10⑥二) (3)独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類(措法規則22の10⑪) | (1)独立企業間価格を算定するために重要と認められる書類で、前各号に掲げる書類(左記(1)、(2)に相当する書類)(措法規則22の10⑫) (2) 上記相当する書類に記載された内容に関連する事項を記載した書類(措法規則22の10⑫) (3) 同時文書化免除国外関連取引に係る独立企業間価格を算定する場合に重要と認められる書類(措法規則22の10⑫) |
| 提示又は提出を求めた場合の提示・提出期限 | |
| (1)、(2) 提示若しくは提出を求めた日から45日を超えない範囲内で職員が指定する日 (3) 提示若しくは提出を求めた日から60日を超えない範囲内で職員が指定する日 | 提示若しくは提出を求めた日から60日を超えない範囲内で職員が指定する日 |
注3 同時文書化とは、法人税申告書の提出期限までに書類を作成又は取得し、保存することです(措法66の4⑥)。同時文書化免除取引は、(1) 一の国外関連者との間の前事業年度の取引金額(受払合計)が50億円未満、または(2) 一の国外関連者との間の前事業年度の無形資産取引金額(受払合計)が3億円未満である国外関連取引(措法66の4⑦)です。
推定課税や同業者調査の要件は、課税庁職員が指定する日までに法令の定める書類(いわゆるローカルファイル)の提示若しくは提出がなかつたことであるため、ローカルファイルを作成・保存し、適時に提示すれば、推定課税や同業者調査を回避できることになります。
ただし、課税庁が税務調査において、納税者が作成したローカルファイルに記載されている独立企業間価格算定方法を適切なものと認めず、別途独立企業間価格を算定して、課税処分を行うことはあり得ます。ローカルファイルの作成は、課税処分の回避を保証するものではありません。
独立企業間価格算定方法の中で最も多く使われている取引単位営業利益法を前提として、課税庁がローカルファイルに記載された独立企業間価格とは異なる独立企業間価格を独自に算定して課税処分する場合の例として以下のような場合が考えられます。
取引単位営業利益法において、国外関連者の営業利益指標が比較対象法人の営業利益指標と同水準になるように独立企業間価格を算定する場合、比較対象法人を適正に選定する必要があります。
国外関連者の営業利益指標が高い場合、納税者がその営業利益水準を肯定するために、営業利益指標が高い法人を比較対象法人として選定しようとすることがあります。その場合、比較可能性を厳密に評価せずに、緩和的に評価してしまう可能性があります。そして、税務調査を受けた時に、納税者が比較対象法人として選定した法人の一部について、課税庁が比較可能性を厳密に評価した結果、比較対象法人とはなり得ない法人が比較対象法人として選定されているとして、課税庁が再度選定した比較対象法人の営業利益指標を基礎として独立企業間価格を算定して課税処分を行う場合があります。
国外関連者の営業利益指標が高く、その営業利益指標をサポートするような比較対象法人を見つけられないことがあります。そのような場合に、納税者が国外関連者の営業利益指標が高い理由は、国外関連取引における価格設定とは関係のない特殊要因によるというコメントをローカルファイルに記載することがあります。
例えば、国外関連者の営業利益指標が高い理由は、国外関連者が独自の価格交渉を行って、売価を高く設定できているためで、国外関連取引における価格設定とは関係ないというコメントがされていたとします。このようなコメントは、定性的で、定量的に評価することが困難であると同時に、取引後の利益状況を正当化するために考え出されたものであるとして、税務調査において採用されない場合が多いと思われます。
国外関連者が独自の貢献をしていたのであれば、取引単位営業利益法ではなく、残余利益分割法の採用を検討すべきだったかもしれません。
取引単位営業利益法は、国外関連取引の当事者の国外関連取引にかかる営業利益指標が比較対象法人と同水準になるように独立企業間価格を算定する方法です。例えば、内国法人がA製品を海外子会社に販売し、海外子会社はA製品を第三者に再販売しているとします。また、海外子会社は、B製品を第三者から購入して、その製品を第三者に再販売しているとします。
内国法人がA製品を海外子会社に販売する国外関連取引における独立企業間価格は、海外子会社のA製品の再販売取引にかかる売上高営業利益率が比較対象法人の売上高営業利益率と同水準になるように算定します。しかし、海外子会社のA製品の再販売取引にかかるセグメント損益(切出損益)が作成されていないため、海外子会社の全社損益が比較対象法人の売上高営業利益率と同水準になるように取引価格を算定したとすれば、独立企業間価格が正しく算定されたことになりません。
ローカルファイルを作成するときに、セグメント損益(切出損益)情報がないために、全社ベースの売上高営業利益率が比較対象法人の売上高営業利益率と同水準であることを確認して、国外関連取引が独立企業間価格で行われていたという結論になったとします。しかし、税務調査で、事後的に、セグメント損益(切出損益)情報を作成・入手した場合に、独立企業間価格より低い価格で販売していたという結論になる場合があり得ます。
3とは逆に、税務調査に基づき課税庁が算定した独立企業間価格が裁判所で独立企業間価格であると認められなかった以下の事案も存在します。
| 事件 | 裁判例 | 独立企業間価格算定方法 | 理由 |
| アドビ事件 | 東京高判平20年10月30日 | 再販売価格基準法に準ずる方法と同等の方法 | 課税庁が選定した比較対象取引の比較可能性が認められなかった。 |
| 本田事件 | 東京高判平成27年5月13日 | 残余利益分割法 | 課税庁が選定した基本的利益算定のための比較対象取引の比較可能性が認められなかった。 |
| ワールド・ファミリー事件 | 東京地判平成29年4月11日 | 再販売価格基準法に準ずる方法 | 課税庁の行った差異調整が認められなかった。調整すべき差異が調整されていなかった。 |
| 日本碍子事件 | 東京高判令和4年3月10日 | 残余利益分割法 | 課税庁の残余利益の配分方法に誤りがあった。 |
| IHI事件 | 東京地判令和5年12月7日 | 取引単位営業利益法に準ずる方法と同等な方法 | 課税庁が選定した比較対象取引の比較可能性が認められなかった。 |
| HOYA事件 | 東京地判令和7年6月10日 | 残余利益分割法と同等の方法 | 課税庁が選定した基本的利益算定のための比較対象取引の比較可能性が認められなかった。 |
ローカルファイルは、国外関連取引が行われた事業年度の後に作成されるため、移転価格管理が適切に行われていない場合には、ローカルファイルを作成する段階で、国外関連取引が独立企業間価格では行われていなかったことが判明することもあります。ローカルファイルを作成することは、必ずしも、移転価格課税のリスクを低減することにはなりません。移転価格課税のリスクを低減するためには、移転価格ポリシーの策定、利益率等のKPIのモニタリング、取引価格の是正という移転価格管理を適切に行うことが必要です。
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