日本企業が外国企業と取引を行う場合や外国企業が我が国で事業を行う場合、その取引に係る課税関係や外国法人の納税義務については、所得税法や法人税法だけではなく、租税条約の規定も参照して調べる必要があります。また、移転価格課税を受けた場合等の相互協議の申立ても租税条約の規定に基づいて行われます。
我が国は多くの国・地域と租税条約を締結していますが、租税条約に関する基本原則について整理します。
目次
租税条約という用語は一般的に用いられていますが、正式な名称ではありません。我が国が締結した租税条約の基礎となっているOECDモデル租税条約の正式名称は、「所得及び財産に対する租税に関する二重課税の除去並びに脱税及び租税回避の防止のための(A国)と(B国)との間の条約」であり、例えば日米租税条約の正式名称は、「所得に対する租税に関する二重課税の回避及び脱税の防止のための日本国政府とアメリカ合衆国政府との間の条約」です。
租税条約の定義は、租税条約等の実施に伴う所得税法、法人税法及び地方税法の特例等に関する法律(租税条約実施特例法)2条1号において、「我が国が締結した所得に対する租税に関する二重課税の回避又は脱税の防止のための条約をいう。」と規定されており、租税条約には、二重課税の回避と脱税の防止という二つの目的があることがわかります。
我が国は、現在81の国・地域(注1)と二国間条約を締結しています。また、多国間条約であるBEPS防止措置実施条約に署名しており、二国間条約の一部の条文がBEPS防止措置実施条約によって読み替えられる関係にあります。
同法2条2号は、租税条約等という用語の定義もしており、租税条約等には、租税条約に加えて、租税相互行政支援協定も含まれます。租税相互行政支援協定は、①租税の賦課若しくは徴収に関する情報を相互に提供すること、②租税の徴収の共助若しくは徴収のための財産の保全の共助をすることまたは③租税に関する文書の送達の共助をすることを規定する国際約束とされています(租税条約実施特例法2条2号)。①については、11の国・地域(注1)と二国間協定を締結しています。②、③については、多国間協定である税務行政執行共助条約(注1)に署名しています。
注1 出典 財務省ウェブサイト「我が国の租税条約ネットワーク」
我が国の締結した租税条約の名称には、「所得に対する租税に関する」という文言が付されており、所得に対する租税が対象となります(注2)。対象税目は、各条約の条文に明記されています。例えば、日米租税条約2条(1)では、日本国の租税を所得税、法人税としており、日英租税条約2条(1)では、所得税、法人税、復興特別所得税、復興特別法人税、住民税となっており、対象税目の範囲が異なりますが、両条約とも2条(2)に「1に掲げる租税に加えて又はこれに代わってこの条約の署名の日の後に課される租税であって、1に掲げる租税と同一であるもの又は実質的に類似するものについても、適用する。」という文言が入っており、新たな税目の創設に対応できるようになっています。
日米租税条約に住民税は含まれていませんが、これは、アメリカ合衆国の租税を内国歳入法によって課される連邦所得税としており、州所得税等を対象としていない相互主義によるものです。
注2 なお、日米間には、遺産、相続及び贈与に対する租税に関する条約が別に存在します。我が国が相続等に対する租税に関する条約を締結しているのはアメリカ合衆国のみです。
我が国では、一般に、租税条約の規定は国内法の規定に優先して適用されるものと理解されています。租税条約の優先適用についての明文の規定はありませんが、憲法98条2項の「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」という規定が根拠であると理解されています。
プリザベーション条項とは、国内法令によって認められる租税の減免を条約が制限しないというものです。
プリザベーション条項については、明文の規定を置いている条約とそうでない条約があります。プリザベーション条項の趣旨は、租税条約の目的が二重課税の排除と脱税の防止にあり、その目的を超えて国内法の規定を制限しないという点にあります。そのため、明文の規定がなくても、確認的な規定であることから、同様の結果をもたらすよう配慮されるべきであるとされています。
プリザベーション条項の例として、日米租税条約1条(2)があり、以下のように規定しています。
「 この条約の規定は、次のものによって現在又は将来認められる非課税、免税、所得控除、税額控除その他の租税の減免をいかなる態様においても制限するものと解してはならない。
⒜ 一方の締約国が課する租税の額を決定するに当たって適用される当該一方の締約国
の法令
⒝ 両締約国間の他の二国間協定又は両締約国が当事国となっている多数国間協定」
プリザベーション条項の適用範囲については、見解が分かれる場面があります。例えば、国税庁質疑応答事例集「租税条約に債務者主義の定めがある場合における課税関係」で、使用料の源泉徴収に関する事例(注3)で、以下の照会がされています。
| 内国法人A社は、中近東でのプラント建設を請け負っており、その建設に必要な技術をイタリアの法人から導入する予定です。 その技術は中近東でのみ使用することとなり、国内で行う業務の用に供されないため、その対価については我が国では課税されないと解してよいでしょうか。 |
所得税法161条1項11号は、使用料は、国内において業務を行う者から受ける支払者の国内業務に係る場合に国内源泉所得であるとしています。一方、日伊租税条約12条(4)は、支払者が日本の居住者であれば国内源泉所得であるとしています。
この事例では、イタリア法人から提供を受けた技術は、国内で行う業務の用に供されないため国内法では国内源泉所得とならず、源泉課税の対象とはなりません。一方、日伊租税条約においては、支払者が内国法人であるため、国内源泉所得となります。そして、所得税法162条1項は、以下のように規定し、国内源泉所得は、租税条約の規定によって置き換えられるものとしています。
「租税条約・・・において国内源泉所得につき前条の規定と異なる定めがある場合には、その租税条約の適用を受ける者については、同条の規定にかかわらず、国内源泉所得は、その異なる定めがある限りにおいて、その租税条約に定めるところによる。」
租税条約の目的が二重課税の排除と脱税の防止であることからすると、国内法では源泉課税の対象とならない支払が、租税条約を適用することによって源泉課税の対象となることは、プリザベーション条項に反するという考え方もあり得ます。
一方、プリザベーションの原則の適用があるのは、国内税法に定める非課税、免税、所得控除、税額控除等の「課税上の積極的な斟酌」に限られるという考え方があります。プリザベーション条項の適用範囲を租税の減免(非課税・免除・所得控除・税額控除・その他の減免措置)に限定することで、実務的にも判断が容易となるという長所があると言われています。
前記質疑応答事例の回答は、「「債務者主義」の適用により我が国で課税されることとなるため、源泉徴収が必要です。」となっており、後者の考え方に基づいていると思われます。
注3 出典 国税庁ホームページ「質疑応答事例集 租税条約に債務者主義の定めがある場合における課税関係」
租税条約は、源泉地国と居住地国の二重課税の回避を源泉地国の課税権を制限して課税の軽減または免除することによって行われています。すなわち、租税条約による課税の軽減または免除は、非居住者や外国法人に対して適用されることになります。言い換えれば、租税条約は自国の居住者に対する自国での課税関係には原則として影響しないことになります。この原則を規定した条項がセービング条項であり、例えば日米租税条約1条(4)(a)は、以下のように規定しています。
「この条約は、5の場合を除くほか、第4条の規定に基づき一方の締約国の居住者とされる者に対する当該一方の締約国の課税及び合衆国の市民に対する合衆国の課税に影響を及ぼすものではない。」
セービング条項が明文の規定として租税条約の条文に含まれていなくても、一種の原則として成立していると考えられています。
ただし、セービング条項にはいくつかの例外が存在し、日米租税条約では上記の「5の場合を除くほか」の部分で、具体的には、外国子会社から受ける配当等の益金不算入制度における持株要件の緩和、相互協議による対応的調整等が含まれています。同制度の適用に係る持株要件は、25%以上、支払義務が確定する日以前六月以上継続保有(法法23の2①、法令22の4①)ですが、日米租税条約23条(1)(b)により、米国法人については当該持株要件について25%のところが10%に軽減されています(注4)。また、日米租税条約9条(2)は、相互協議により日本企業の所得が、独立企業間原則に従った場合に米国企業の所得に算入されることになる合意をした場合に、日本においてその所得について課されていた税額についての調整(対応的調整)をすることとされています。
これらの規定は、租税条約が自国の居住者に対する自国の課税関係に例外的に影響を与えることになります。
注4 その他、オーストラリア、ブラジル、カザフスタン及びオランダとの租税条約では10%、フランスとの租税条約では15%とされています。
日本企業にとって租税条約による日本側での手続き等の実務が生ずるのは、主に外国企業との取引で支払いをする際に源泉税率の軽減や源泉税の免除の適用を受ける場合で、外国企業の課税に関するものです。逆に日本企業の課税に関係するのは、外国取引相手から支払いを受ける場合に、現地税務当局に日本の居住者証明書並びに現地国の条約適用届出書を提出する場合の他、移転価格課税等の課税処分を受けた後の相互協議の申立てをする場合や、相互協議の合意にかかる対応的調整を受けるための手続きを行う場合です。
租税条約について、どのような場合にどのようにその適用のための手続きを行うのか整理しておくことが必要です。
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